洋楽名曲これを聴け!番外編
90年代、彗星の如く現れてたちまち世界を席巻していった歌姫マライア・キャリー。
日本で火がついたのは世界から少し遅れていたけれど、その分人気は凄まじいものとなり、洋楽アーティストながらスタジオ作品が次々とミリオンセラーを記録した。
7オクターブとも言われた特徴的な高音ボイス『ホイッスル・ボイス』を巧みに操り、歌唱のみならず作詞・作曲にも深く参加して大ヒットを連発。
文字通り『90年代の歌姫』となったマライア・キャリーの名曲を振り返ります。
VISION OF LOVE
Written by M.Carey & B.Margulies
1990年発売の記念すべきデビューシングル。翌6月に全米で発売された1stアルバム『MARIAH』収録曲。
日本では注目されることがなかったキャリアのスタートであった。
LOVE TAKES TIME
Written by M.Carey & B.Margulies
活動初期のエモーショナルなバラード。往年のスタンダードナンバーを意識した曲作りが徹底されている。
EMOTIONS
Written by M.Carey, D.Cole, R.Clivilles
7オクターブの声を世界に知らしめた。
DAY DREAMツアーの東京ドーム公演では超絶ホイッスル・ヴォイスを披露している。
I'LL BE THERE
Written by BERRY GORDY JR, BOB WEST, HAL DAVIS, WILLIE HUTCH
ジャクソン5カバー。
ライブアルバム『MTVアンプラグド』よりのシングル。
WITHOUT YOU
Written by William Peter Ham/Tom Evans
アルバム『MUSIC BOX』より。
Badfingerの70年オリジナル、有名なのはHarry Nilssonによる71年のカバー。
HERO
Written by M.Carey & W.Afanasieff
1993年8月発表のアルバム『MUSIC BOX』より、シングルとしてカットされた。マライアの代表曲として知られる。
日本では故 中山美穂が自ら日本語詩を付けてシングル表題曲としてカバーして47万枚を超える大ヒットになった。
ANYTIME YOU NEED A FRIEND
Written by M.Carey & W.Afanasieff
1993年8月発表のアルバム『MUSIC BOX』より、4枚目のシングルとしてカットされた。
ALL I WANT FOR CHRISTMAS IS YOU
Written by M.Carey & W.Afanasieff
アルバムの世界的大ヒット連発により90年台のDIVAとして知名度を上げたマライア。中でも日本での人気は凄まじいものがあり、ホリデーシーズン向けのアルバム曲を邦題『恋人たちのクリスマス』としてドラマ主題歌に設定。500円のワンコインシングルだったとはいえミリオンセラーを達成した。
米国本国よりも一足先に日本でシングル化されヒットしたものであった。時間の経過とともに世界のスタンダードへと浸透した。
マライアがYouTubeでアップした映像は東京ドームで披露されたライヴver.である。この公演は、いわゆる口パクが少ない完成度の高いパフォーマンスが知られている。
ツアーのセットリストにはなかった曲だが上記の経緯から日本では演奏された。地鳴りのような歓声がマライアの日本での人気を証明している。
OPEN ARMS
Written by BARSON, BEN/BRAMMER, MARTIN/VAN SERTIMA, COLLETTE
Journeyの1981年発表作で1982年にシングル化した楽曲のカバー。
1995年アルバム『DAY DREAM』収録。
ジャーニーの世界的ロッカ・バラッドをマライアなりの解釈で見事に表現。
ALWAYS BE MY BABY
Lyrics by M.Carey / Composition by M.Carey, J. Dupri, M. Seal
1995年のアルバム『DAY DREAM』より4枚目のシングルとして1996年にカットされた。
MY ALL
Written by M.Carey & W.Afanasieff
1997年アルバム『Butterfly』より5枚目のシングルとして1998年にカットされた。
哀愁漂うバラードも人々に受け入れられた。
When You Believe(Whitney Houston, Mariah Carey)
Written by Stephen Schwartz
1998年、大物ホイットニー・ヒューストンとのコラボレーションが実現した。
90年代を代表する歌姫のコラボレーションは大きな話題となる。
アニメーション映画『プリンス・オブ・エジプト』テーマソング。
Do You Know Where You're Going To (Theme From Mahogany)
Written by Michael Masser and Gerry Goffin (C)1975
ダイアナ・ロスのカバー。
マライアは影響を受けたアメリカのスタンダードナンバーに寄り添いつつ、自身のオリジナル曲もスタンダードになるように制作していたことがよくわかる。
本当に音楽が好きだからこそ沢山の曲を知っていたのだろう。
WE BELONG TOGETHER
Written by Mariah Carey, Jermaine Dupri, Manuel Lonnie Seal Jr., Johnta M. Austin, Bobby Womack, Patrick L. Moten, Kenneth B. Edmonds, Darnell Bristol, Sandra E Sully
2002年に、デビュー以来所属したCBS(SME傘下)を離れて、Island/DefJamに移籍しレーベルMonarCを立ち上げたマライアだったが、大きなヒットを掴むことができずにいた。
そんななかこの曲が収録された2005年発売のアルバム『MIMI(The Emancipation Of MIMI)』が世界的な大ヒットになり第二のピークポジションを迎えることとなった。
Mine Again
Written by Mariah Carey & James Poyser
2005年以降はマライア自身も制作費を負担するようになり原盤権所有者となった。
元夫トミー・モトーラの暗躍などがあり、苦しい時期もあったが、アーティストとしては理想的な環境を手に入れた。
Beautiful ft.Miguel
Written by M. Pimentel, M. Carey, N. Perez, B. Davis, M. Robinson, B. Wareld
マライア・キャリーは自分自身のオリジナル作品を発表しながら、気に入った楽曲やスタンダードナンバーをカバーしてリスペクトを忘れなかった。
かつてバックコーラスを務めた経験がある歌手のブレンダKスターの『I still believe』をカバーして発表したこともある。
マライアは始めた時から自分もいつかは長い期間スタンダードと呼ばれる歌手になることを思い描いていたのかもしれない。
1996年の東京ドーム公演は、若く声もしっかり出ていた時期でもあり、口パクが少ない伝説のパフォーマンスとして知られている。
ソニーが記録用に撮影したものの海賊版が海外で出回り、YouTubeで500万再生され拡散されたこともあり、ベストアルバムの特典として製品化する際に高画質化したという逸話がある。
90年代、彗星の如く現れてたちまち世界を席巻していった歌姫マライア・キャリー。
日本で火がついたのは世界から少し遅れていたけれど、その分人気は凄まじいものとなり、洋楽アーティストながらスタジオ作品が次々とミリオンセラーを記録した。
7オクターブとも言われた特徴的な高音ボイス『ホイッスル・ボイス』を巧みに操り、歌唱のみならず作詞・作曲にも深く参加して大ヒットを連発。
文字通り『90年代の歌姫』となったマライア・キャリーの名曲を振り返ります。
VISION OF LOVE
Written by M.Carey & B.Margulies
1990年発売の記念すべきデビューシングル。翌6月に全米で発売された1stアルバム『MARIAH』収録曲。
日本では注目されることがなかったキャリアのスタートであった。
LOVE TAKES TIME
Written by M.Carey & B.Margulies
活動初期のエモーショナルなバラード。往年のスタンダードナンバーを意識した曲作りが徹底されている。
EMOTIONS
Written by M.Carey, D.Cole, R.Clivilles
7オクターブの声を世界に知らしめた。
DAY DREAMツアーの東京ドーム公演では超絶ホイッスル・ヴォイスを披露している。
I'LL BE THERE
Written by BERRY GORDY JR, BOB WEST, HAL DAVIS, WILLIE HUTCH
ジャクソン5カバー。
ライブアルバム『MTVアンプラグド』よりのシングル。
WITHOUT YOU
Written by William Peter Ham/Tom Evans
アルバム『MUSIC BOX』より。
Badfingerの70年オリジナル、有名なのはHarry Nilssonによる71年のカバー。
HERO
Written by M.Carey & W.Afanasieff
1993年8月発表のアルバム『MUSIC BOX』より、シングルとしてカットされた。マライアの代表曲として知られる。
日本では故 中山美穂が自ら日本語詩を付けてシングル表題曲としてカバーして47万枚を超える大ヒットになった。
ANYTIME YOU NEED A FRIEND
Written by M.Carey & W.Afanasieff
1993年8月発表のアルバム『MUSIC BOX』より、4枚目のシングルとしてカットされた。
ALL I WANT FOR CHRISTMAS IS YOU
Written by M.Carey & W.Afanasieff
アルバムの世界的大ヒット連発により90年台のDIVAとして知名度を上げたマライア。中でも日本での人気は凄まじいものがあり、ホリデーシーズン向けのアルバム曲を邦題『恋人たちのクリスマス』としてドラマ主題歌に設定。500円のワンコインシングルだったとはいえミリオンセラーを達成した。
米国本国よりも一足先に日本でシングル化されヒットしたものであった。時間の経過とともに世界のスタンダードへと浸透した。
マライアがYouTubeでアップした映像は東京ドームで披露されたライヴver.である。この公演は、いわゆる口パクが少ない完成度の高いパフォーマンスが知られている。
ツアーのセットリストにはなかった曲だが上記の経緯から日本では演奏された。地鳴りのような歓声がマライアの日本での人気を証明している。
OPEN ARMS
Written by BARSON, BEN/BRAMMER, MARTIN/VAN SERTIMA, COLLETTE
Journeyの1981年発表作で1982年にシングル化した楽曲のカバー。
1995年アルバム『DAY DREAM』収録。
ジャーニーの世界的ロッカ・バラッドをマライアなりの解釈で見事に表現。
ALWAYS BE MY BABY
Lyrics by M.Carey / Composition by M.Carey, J. Dupri, M. Seal
1995年のアルバム『DAY DREAM』より4枚目のシングルとして1996年にカットされた。
MY ALL
Written by M.Carey & W.Afanasieff
1997年アルバム『Butterfly』より5枚目のシングルとして1998年にカットされた。
哀愁漂うバラードも人々に受け入れられた。
When You Believe(Whitney Houston, Mariah Carey)
Written by Stephen Schwartz
1998年、大物ホイットニー・ヒューストンとのコラボレーションが実現した。
90年代を代表する歌姫のコラボレーションは大きな話題となる。
アニメーション映画『プリンス・オブ・エジプト』テーマソング。
Do You Know Where You're Going To (Theme From Mahogany)
Written by Michael Masser and Gerry Goffin (C)1975
ダイアナ・ロスのカバー。
マライアは影響を受けたアメリカのスタンダードナンバーに寄り添いつつ、自身のオリジナル曲もスタンダードになるように制作していたことがよくわかる。
本当に音楽が好きだからこそ沢山の曲を知っていたのだろう。
WE BELONG TOGETHER
Written by Mariah Carey, Jermaine Dupri, Manuel Lonnie Seal Jr., Johnta M. Austin, Bobby Womack, Patrick L. Moten, Kenneth B. Edmonds, Darnell Bristol, Sandra E Sully
2002年に、デビュー以来所属したCBS(SME傘下)を離れて、Island/DefJamに移籍しレーベルMonarCを立ち上げたマライアだったが、大きなヒットを掴むことができずにいた。
そんななかこの曲が収録された2005年発売のアルバム『MIMI(The Emancipation Of MIMI)』が世界的な大ヒットになり第二のピークポジションを迎えることとなった。
Mine Again
Written by Mariah Carey & James Poyser
2005年以降はマライア自身も制作費を負担するようになり原盤権所有者となった。
元夫トミー・モトーラの暗躍などがあり、苦しい時期もあったが、アーティストとしては理想的な環境を手に入れた。
Beautiful ft.Miguel
Written by M. Pimentel, M. Carey, N. Perez, B. Davis, M. Robinson, B. Wareld
マライア・キャリーは自分自身のオリジナル作品を発表しながら、気に入った楽曲やスタンダードナンバーをカバーしてリスペクトを忘れなかった。
かつてバックコーラスを務めた経験がある歌手のブレンダKスターの『I still believe』をカバーして発表したこともある。
マライアは始めた時から自分もいつかは長い期間スタンダードと呼ばれる歌手になることを思い描いていたのかもしれない。
1996年の東京ドーム公演は、若く声もしっかり出ていた時期でもあり、口パクが少ない伝説のパフォーマンスとして知られている。
ソニーが記録用に撮影したものの海賊版が海外で出回り、YouTubeで500万再生され拡散されたこともあり、ベストアルバムの特典として製品化する際に高画質化したという逸話がある。
